つぶつぶと目に見えない世界

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つぶつぶと目に見えない世界

私が初めて自分の過去生なるものに触れた時、
その過去生の人生について、ちょっとこう、物語を読むように眺めてみて、
そこから何か感じたことを自分の中で整理してみたらいいなと思いました。

誰か仲の良い友人の話を聞いて、
自分のことのように感じたり、一緒に相談に乗ったり乗ってもらったりして
今後に活かしていく、とか。誰かの伝記や生活本を読んで参考にするとか、そんなノリです。

科学誌のNewtonにも書いてたように、時間はなく、次元が並行してここに全部いっぺんに存在しているというのなら?

その世界をのぞいてみたい。そんなふうに思いました。
そして、その物語から得たものはいろいろありましたし、私の中での辻褄も合いました。
なんだこりゃー、面白いな〜と思ったんですね。

ちょっと長くなるのですが、つぶつぶと目に見えない世界がどんな感じでリアルに始まったかを書いてみました。
スピ嫌いな時代も結構あったんですけど、結局戻ってきました。その時のお話です。

みなさんにも、そんな軽いノリで読んでいただければと思います。
そしてこんな世界のぞいてみたいなって思っていただけた方はぜひ個人セッションへ。

わたしとみえない世界について①

小さい頃は、昼間でも目を閉じると暗闇の中に白い筋と白い点が無数にあって、目を閉じている時はどこかへ飛んでいってるみたいだと思っていました。絵を描いたり空想、連想、妄想力も豊かな子どもでした(四柱推命でいう「病」という星が幼少期の柱にあります)。田舎だったので登下校にも時間がかかるし、妄想する時間はたくさんありました。

また、幼い頃、2種類の夢を繰り返し見ていました。

●真っ白い画面に黒い点が現れ、そこから黒い線が飛び出て紙にボールペンで殴り書きをするようにもの細い線がすごい勢いでぐるぐるぐちゃぐちゃ描かれ画面が黒くなっていく。
●白い画面に線画の棒人間のような女性が現れて、猛スピードでぐるぐる回転を始め、その回転が早すぎてその女性は形を崩して画面いっぱいに線が広がり、真っ黒になる。

不気味ですね(笑)

てんで意味があるのかないのかもわからず、見るたびに、夢の中で「またこの夢だ。早く起きたい。」と怖がっていました。実際に寝ながら泣いたり、幼稚園児の頃、ひどい時は寝ぼけたまま泣いて家の外に出て行ってしまっていたこともあったようです(覚えてない)。裏庭で泣いているところを捕獲されたらしい(覚えてない)。
 可愛がってくれていた祖父が「ご先祖様が迎えにきてるのでは?」と心配して山奥にお祓いに連れて行かれたこともありました。そこで拝んでもらって、3日くらいお札を布団の下に敷いて寝て、お清めした庭でお札を燃やしてOKとのことだったように思います。「これで大丈夫」と言われて、「大丈夫って思われたから、もう怖いって言えないな。。。」というような微妙なやさぐれ感があったのを覚えています。

確かにそれから頻度は少し減ったかもしれません(うろ覚え)。でも時々やっぱり夢を見ては、眠れぬ夜を過ごしていました。

印象的だった夢にストーリーが出てきた

小学校へ入ると、昔から見ていた怖い夢の延長に、ストーリーのあるものが出てくるようになりました。

ものによって夢の中での焦りや恐怖や葛藤が自分のもののようにリアルで、自分自身の意識もあるので、「ここをこうすればこうなるのに!」などと、思ったように動かない映画の登場人物にイライラするような、もうすぐやられてしまうことに気づいていないそのキャラに向かって必死に話しかける人みたいな、そんなもどかしい状態になることもありました。目が覚めた時の疲労感と安心感はすごかったです。見たくないのに、定期的に見るもので、眠りにつくと「あ、今日はあの夢だ」とわかってすごく嫌だったのを覚えています。

 特に印象的だったのは、小学校低学年の頃によく見ていた夢。
自分が誰かの手術をしていて、それがうまくいかないのです。どうにかしなくてはいけないのに、全然うまくいきません。人体をパズルのようにこっちをこうしてあっちをこうしてといろいろやろうとするのですが、うまくいきません。そのうち、手術をしている建物自体がダメになるので逃げなくてはいけなくなり、でもこの手術を終わらせなくては、ととにかく焦っています。何かを反転させないといけない、でもそれがうまくいかない、と焦っていたのをよく覚えています。
 
 そしてある日、熱を出して寝ている時にまた怖い夢を見て、思わず部屋を飛び出して洗濯を干している母のところへ走っていって、わーわーそれを伝えたことがありました。病気で寝ているはずの娘が昼間から大声でわーわー泣いてそんなことを言うもんですから、母も怒って「またそんなことを言っているのか、いいかげんにしなさい!」と怒鳴られました。今思えば、子どもがしょっちゅう怖い夢を見てわーわー言ってたらそりゃ嫌だよねと思います(笑)。母はその後離婚していなくなったので、それからは誰かに相談することもなくなりました。熱せん妄とも違ってるなと思います。上の子がせん妄を起こすタイプだったので、実際に比べてもちょっと違うんですよね
 
 中学生くらいになると、夢はその時の心情を表していたり、起きている時に感じている葛藤を処理していたりするもんだというのを聞き、自分はめんどくさいやつだなぁ。何て臆病なんだろう、なんて思ったりしていました。

 そして高校生くらいになると、やっと、だんだん怖い夢を見なくなってきました。
暗い夜道が怖いのは変わりませんでしたが、学校生活もそれなりに充実していたし、将来のことを考えなくてはいけない時期でしたので、忙しかったと思います。家庭の事情で就職するつもりでしたし、そのあたりで一番条件がいい大手企業に入って、結婚して一刻も早く遠くに行って幸せになりてぇなと考えていました(笑)。

 そんなこんなで就職してから半年で今の夫と出会い、お付き合いを経て、2年後の記念日に結婚し、田舎から関東へ出てきました。我ながらなんという現実化(笑)。

 ちなみに、彼氏になってくれる人の条件は「ギャンブルしない」「タバコ吸わない」「優しい」「暴力を振るわない」「育ちがいい」「総合職(転勤して遠くに連れてってくれる)」「わたしより背が高い」という感じでした。父の正反対をオーダーしてた感じです(笑)。タバコを吸わない、というところは当てはまりませんでしたが、お願いするとすぐにやめてくれました。育ちがいいというのは高校くらいから思っていた条件で、大切に育てられた人と結婚したいなと思っていました。

 そしてしばらくして息子を授かったのですが、悪阻がひどくて毎日寝る日々。ろくに食べられずに吐いてばかりで横になってうとうとする、、という繰り返しの中で、また夢を見るようになりました。


金縛りにもよく遭うようになっていました。胸が苦しくて目を開けると胸の上に凶悪な顔の地蔵みたいな石の像が乗ってたことがありました。隣でぐーぐー寝ている夫を起こそうとしても声も出せず、かろうじて出せる唸り声で夫にやっと気づいてもらうという始末でした。夜中に唸る妊婦って嫌ですね。泊まったホテルで足を掴まれたり。今思うと一番そういうのに近かった時期かもしれません。夫がいるとそういうことが少なかったので、夫がいない昼間が嫌いでした。1人で寂しかったのもあると思います。
 でも悪いことばかりではなくて、その頃祖母が亡くなったのですが、その祖母が来てくれているのを感じたこともありました。違ったら怖くて振り向けなかったけど。お腹にいた息子がすごく繊細だったのでその影響もあったのかなと今では思います。

目に見えない世界と出会ったけど離れた

そんなこんなを経て子育てしていると、幼稚園で知り合ったママ友が「なにが見えてる?」という本が面白いよと教えてくれました。アメリカで、不思議なものが見える三姉妹を育てている生活を綴った可愛い本です。「こんな世界があるんだ!」ととても楽しく読みました。ドラゴンやクリスタルのことも書かれていました。ブログも連載されていたのでよく読んでいました。わたしが目に見えない世界についての本を読んだのはこの本が最初です。

 そうこうしているうちに時は流れて、ちょうど前回の天中殺の時期に人間関係のごちゃつきが起こり、「スピも面白いけど、地道な生活が一番なのかも」と思って、仕事やサークルも辞めて環境をごっそり変えたことがあります。操作ミスでスマホの電話帳データが全消えしてしまい、もう本当にいろんな縁がブッツリ切れるんだなぁと思いました。小学校のPTA活動やボランティアも楽しく、目に見えない世界からどんどん距離をとるようになり、読んでいた本たちも一回すべて捨ててしまったように思います。

でも結局もどってきた

しかし、面白いのが人生で、
楽しんでいたボランティア仲間の1人から、

「ね、気になるならやった方がいいよ。」


と声をかけられたのです。その人はいわゆる”見える人”だったのですが、まったくそんな雰囲気がなくってびっくりしました。「いや、もうそういうのごちそうさまなんだよね」と言いましたら、「量子力学とかそっちから見てみたらいいよ。面白いよ。」と言われて、さっそく量子力学について調べてみることにしました。
それから「シュレディンガーの猫」「二重スリット実験」などを知り、

つぶつぶ

「な、なんじゃこら。。。!!目に見えない世界のこと書いてる!!

それから本や動画などで量子力学について情報を集めました。科学誌のNewtonを図書館で借りてきて読んでは叫びました(笑)でもまぁ、、、考えてみれば、理科とか化学で学ぶことも、目に見えないことが多いし、数字の世界もあれ、概念であって、目に見えることってわけじゃないんですよね…。

要するに、

「世の中、目に見えないものがほとんど、ていうか、全部そうなの?」

と思ったのです。
地道(現実的)な生活が一番、と思って引き寄せだスピだなんだはごちそうさまです、と思っていたのに、

しか

目の前にある生活自体がそもそも「目に見えない」ものだった。

そんな認識がわたしの中で腑に落ちたのでした。というか落とさざるを得なかったというか。

そうこうしていて、「アナスタシア」という本に出会い、「アミ、小さな宇宙人」など、夢中になってたくさんの本を読みました。同時期に本田健さんやホリエモンさんとか、西野さんとか、あとは心理学とか、とにかくたくさん読みました。辻麻里子さんやさとうみつろうさんとかも読んだ。


そうしたある日、起き抜けに夢を見ました。


今までで一番印象的で、一番時間の短い夢です。
3秒もなかったと思います。

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